B級グルメの食べ歩き

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zoom RSS 連絡 4/24 サラダうどんにオムライスを作りました。

<<   作成日時 : 2017/04/24 04:59   >>

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お早うございます。今朝は晴れ。14度。まだまだ寒暖の差がありますね。
4月の最終週、体調を整えてしっかり締めて下さい。週末からはGWにな
ります。大きな楽しみを糧に気合が入りますね。私は今晩は親友と金町で
誕生会です。お互い四月生まれなので数年前からやっています。亀戸天
神の藤、根津神社のつつじ、古川庭園のバラと楽しみが続きます。都立庭
園の年間パスポートも有効活用してきます。小さな幸せを見つけましょう。
明るく楽しく健やかに素敵な一日をお過ごし下さい。
今日は植物学の日、日本ダービー記念日。桂由美、服部公一、嶋田久作、
山咲千里、永田裕志、大鶴義丹、村上てつや、田中広子、毬川羽音、小
林恵、宮本ゆか、山本梓、田中マルクス闘莉王、高橋マリ子、福下恵美の
誕生日。1932年第1回日本ダービー開催
★ブレイクタイム★
●「見た目を意識したことはありますか?」
中身ではなく、外から見た様子のことを「見た目」と言ったりし
ます。「見た目が9割」とか「見た目ばかりで中身が無い」なん
て言われることもありますが、身だしなみ、部屋の片付けや飾り
付け、仕事の成果物・・・etc
これまで、どんなことで見た目を意識したことがありますか?
先日、友人とご飯を食べに行ったときに「かき氷」の話で盛り上
がりました。その友人は、子どもの頃「ブルーハワイ」を食べさ
せてもらえなかったそうです。イチゴとか、メロンとか、レモン
はOKだったけれど、ブルーハワイは「味も色も体に悪そう」と
いう理由で親から禁じられていたそうです。
南国の海を思わせるトロピカルな青
清涼感のあるサイダーのような味・ああ、いつかは食べてみたい
子どもの頃からずっと憧れていて、結婚をして親元を離れたこと
をきっかけに初めてブルーハワイのかき氷を食べたそうです。
「どうだった?」と聞いたら、「ハワイの味がした!」と言って
ました。いわく、メロンやイチゴ味には、もう戻れないそうです。
彼の夢(?)を壊すので、その時は話題にしなかったのですが、
何年か前に「かき氷シロップの味は、全て同じだった」という話
が、ネットで話題になったのをご存知の方も多いと思います。
メロン味も、イチゴ味も、レモン味も、そしてブルーハワイも、
色はもちろん違うけれど、シロップの味は全て同じそうです。
メロンはまだしも、イチゴ味は甘酸っぱい感じがしたし、レモン
味はもっと酸っぱい感じがしたのに・・・・・・ホントに!?
なんて驚いて、確かめてみようということで、友人と一緒にお祭
りの屋台でメロン味とレモン味のかき氷を買って、目をつぶって
食べてみて、どっちか当てるゲームをしたところ、全く違いがわ
からなかったですね。
最近、観たのですが、科学技術振興機構がYoutubeに出している
「サイエンスチャンネル」という番組の中で「おいしさはどう感
じるか?」という特集がありました。
その映像の中で、3人の被験者の女性が、3つのクリームを食べ
ます。赤色、黄色、緑色それぞれ、どんな味がしたのかを話した
ところ、
赤はぴりっと辛い味がした、
黄色は一番酸味を感じた、
という意見が出たのですが、
実は3つとも同じマヨネーズに、着色料を混ぜただけのものだっ
た・・・ということが明かされます。
赤はカラシ明太子、黄色はレモンを想起するので、脳の中で勝手
に味を作ったのだろうと。
着色料といえば、どちらかというとカラダに悪いイメージがある
と思いますが、それでもたいていの加工食品に含まれているのは、
それなりの理由があるわけですね。
まっくらやみの中で、視覚を閉ざして食べると、いかに見た目の
先入観に囚われていたのかに気付かされます。試してみたら食べ
物本来の「味の豊かさ」を感じることができます。
その一方で、見えないからこそ「見た目の大事さ」にも気付かさ
れます。食材の色合いや組み合わせだったり、盛りつけ方って、
思っていた以上に、味わいに関わると。
「見た目より中身が大事」それは間違っていないと思うのだけど、
思っていた以上に「見た目は人の感覚を振り回す」のだと感じる
今日この頃です。
あなたは、見た目を意識していることはありますか?
見た目でトクをしたこと、ソンをしたことはありますか?
●何のご縁?出雲でブラジル人急増中 全国的に減少なのに
出雲大社で知られる島根県出雲市で、ブラジル人住民が急増している。こ
の3年で倍増し、2千人に達した。全国的にはリーマン・ショックから減り、よ
うやく下げ止まったところ。人口17万人の山陰の街で何が起きているのか。
ポルトガル語が響き、煮込んだ豆をご飯にかけたブラジル料理が皿に盛られ
ていく。出雲市東部の工業団地の一角にある出雲村田製作所の食堂はにぎ
やかだ。電子部品を作る村田製作所(京都府)の子会社で、敷地は甲子園
球場6個分。市内に住むブラジル人の大半が、ここで働く従業員と家族だ。
山内エミリオ・マサハルさん(58)もその一人。両親は熊本出身の日系2世。
ブラジルで農業を営んでいたが、稼げる仕事を求めて8年前に来日した。妻
子と4人暮らし。「体はまだまだ大丈夫。子どもの教育を考えると、このまま
出雲で暮らそうと思う」
ブラジル人従業員約1500人は、請負契約を結ぶ派遣会社2社の社員。う
ち1社、愛知県でブラジル人雇用を続けるアバンセコーポレーションが約20
年前、村田製作所に営業をかけ、出雲で雇用が始まった。給料は日本人と
同水準。出雲村田の人事担当者は「辞めてしまう割合が少なく、出勤日数も
多い。近年の労働者不足の中で欠かせない存在だ」と言う。
村田製作所は、携帯電話などに使われるセラミックコンデンサーのシェア世
界一。その生産を担う出雲村田は世界的な需要を受け、昨年から新生産棟
を稼働。工場用地も買い、急拡大したブラジル人の雇用をさらに増やす方針
だ。
アバンセ社は通訳ができる社員約20人を出雲に置き、住宅あっせんや、送
迎、病院の付き添い、ごみの分別指導までする。それでも、地域住民からご
み出しや騒音の苦情がくることも。林隆春社長(66)は「地域との摩擦をどう
防ぐか、常に悩んでます」。
市のブラジル人の人口は景気の波に翻弄(ほんろう)されてきた。2000年
のITバブル崩壊、08年のリーマン・ショックの際は半減。林社長によると、
「アパートの空き部屋が増えて困る」といった不満の声も地元からあがったと
いう。
国内全体では07年の31万人から16年には18万人まで減った。
地元はどう対応しているのか。市立小、中学校で日本語指導が必要な子は
昨年末111人(ブラジル78人)で、27人だった13年の4倍。市教委は昨年
度、各校派遣の日本語指導員を6人から12人に増やした。外国出身児童が
65人(ブラジル49人)いる市中心部の塩冶小(児童829人)には日本語担
当の教員が10人いるが、個別指導のためには先生も教室も足りない。
来日3年の6年生の女児(11)は当初、言葉がわからず誰にも話しかけられ
なかった。すると、同級生が日本語とポルトガル語を窓に貼って話そうとして
くれた。「今は日本人の友達の方が多いよ」
市は昨年、全国でも珍しい外国人定住の数値目標を策定。15年3月に市内
に住む外国人住民の3割が5年以上住み続けることを目指す。住宅を安くあ
っせんする計画も検討。地元のNPOは子らの放課後教室を続ける。代表の
住職、堀西雅亮さん(46)は「街がコンパクトで行政、企業、市民がうまく連
携できている」と話す。
市役所近くの「MK BAR(バー)」は、ブラジル人の憩いの場だ。店主の北
沢幸子さん(23)は、夫が出雲村田で働く日系3世。店ではブラジル料理を
出す。「いろんな場所から出雲に来た人のご縁がつながれば」。「縁結び」で
知られる出雲大社になぞらえ、そう願う。(玉置太郎)
■派遣会社会長「『労働者』としてだけでなく」
日系ブラジル人の雇用を30年間続けてきた、派遣会社アバンセコーポレー
ション(愛知県)の林隆春社長(66)に聞いた。
――ブラジル人を雇用し始めたきっかけは?
1970年に会社を立ち上げ、工場構内の請負業を始めました。85年、知人
がブラジルの出稼ぎから帰国し、現地の話を聞いた。おもしろそうな国だな
と思って遊びに行き、日系人の存在を知りました。
当時は軍事政権から民政へ移管する政変の時期で、インフレの前兆があっ
た。日系人の間にも不安が広がり、日本に行きたいという1世に仕事を紹
介しました。派遣先は東海や北関東の自動車産業が多く、そこから日系人
の雇用を広げていきました。
――90年、日系3世に定住資格が認められ、来日するブラジル人は増加。
しかし2000年のITバブル崩壊、08年のリーマン・ショックの際は急減した。
00年と08年、この二つの時期は受注が急激に減って、本当に大変でした。
特に08年は約3千人いた外国人従業員が650人まで落ち込み、この仕事
をやめようかとも思った。
従業員に何とか食いつないでもらおうと、失業給付を受けながらITや介護の
職業訓練をやりました。それでも日本に嫌気がさして、政府の帰国支援費
を受けて帰国した人が多かった。出雲でも従業員が一斉に去り、「アパート
の空き部屋が増えて困る」「スーパーの売り上げが激減した」と、現地へ行
く度に不満の声をいただきました。
――その後の景気回復で、ブラジル人従業員はまた増えていますね。
2〜3年前まで上向きだったブラジルの景気は、また悪化している。日本に
親類がいる人も増え、来日希望者は多くいます。
リーマン・ショックで帰国した従業員向けに、ブラジルで人材派遣や紹介の
現地法人を立ち上げた。そのネットワークを活用して来日希望者を募り、面
談や適性検査で選抜しています。
――日本に住む日系人社会の課題は?
世代別では40〜50代が増え、高齢化が進んでいます。日系人家族の結
びつきも以前に比べると弱くなった。工場勤務ができなくなると、生活保護
を受けざるを得ない人が増える恐れがあります。
孤立化が進まないよう、日系人向けの高齢者施設を数年後につくりたいと
考えています。ブラジル人が多く住む群馬県大泉町では、ブラジル商品の
ショッピングセンターだった建物を買い取り、交流や支援の核にしようと動
いています。
――労働者不足から、日系人の定住者資格を4世に広げる議論もあります。
これまでのべ約5万人の日系人を雇用してきました。日本生まれの祖父母
と接してきた3世に比べ、4世は日本語に触れた経験がなく、考え方も完全
にブラジル式です。3世と4世の違いは想像以上に大きい。定住者資格を
広げれば、来日を希望する4世はかなりいると思いますが、人手が足りな
いから単純に受け入れようという考えは、問題も多いと私は思います。
日本の政府は「移民政策はとらない」という姿勢を続けています。そのため
日本では、外国から来た人々は一定期間働いて、そのうち帰国するという
考え方が根強い。
しかし、日系人雇用が本格化して30年がたち、永住権を取る人も増えてい
る。「労働者」としてだけではなく、「人」として接することで、どうにか共生の
ような格好でやっていけんかなということは、ずっと考えています。
●海外赴任者が帰国後に退職してしまう理由
★帰国後に退職してしまう海外赴任者は何割?
企業がグローバル人材育成を行っていく上でのゴールとは、若手や中堅を
海外に送り出すところにあるのではありません。海外赴任から戻った帰任
者たちが、帰国後もその経験を活かし、グローバルリーダーとして活躍でき
るようにするところにあります。
グローバル人材育成とは、採用を含めた初期の育成、そして途中の実務
担当者時代のフィードバックや海外赴任の準備、そして海外赴任中と帰任
後のフォローまで、人事のプロセスを総動員して人を育てること。
その意味では、海外赴任者の帰任後というのも、グローバル人材育成を考
えるうえでは、重要なポイントとなります。
みなさんは、海外勤務で大活躍をした方が、帰任後すぐに会社を辞めてし
まった、転職してしまった、といった話を耳にしたことはありませんか?
実は帰任後すぐに会社を辞めてしまう例は、海外でもよくあることのようで、
アメリカの研究者 (Lazarova and Caligiuri 2002)が調査を行っています。
では、ここで問題です。
Q.海外赴任帰任者が、帰任後2年以内に辞める割合は何%でしょうか?
(1)5%
(2)10%
(3)25%
★海外帰任者が辞めてしまう理由とは?
正解は(3)の25%です。
海外の調査ではありますが、実に4人に1人の割合で海外赴任者が帰任
後2年以内に辞めてしまっているというわけです。日本人はそこまで高い割
合ではないかと思われますが、同じような傾向は確かにあるのではないでし
ょうか。
実は、海外赴任の帰任後というのは、キャリア論では中立圏(ニュートラル
ゾーン)という時期に当たります。中立圏とは、簡単に言うと「何かが終わる
時」と「何かが始まる時」の間の「宙ぶらりんの時期」ということです。
この時期を過ぎるとまた、新しい環境への再適応ができるようになってくる
わけですが、この「宙ぶらりんの時期」というのは、空虚感に包まれ、アイデ
ンティティを喪失し、場合によっては退職の可能性が高まってしまう、人事
的には極めて危険な時期なのです。
海外帰任者は、なぜ辞めてしまうのでしょうか。
先ほどの調査研究(Lazarova and Caligiuri 2002)によると、「海外に比べ
て挑戦性のない仕事が割り当てられた」、「海外で培った獲得したスキルが
生かせなかった」、「海外に出ている間に昇進機会がなくなった」、「海外の
ように自立的な仕事を行うことができなくなった」「キャリアが不透明になっ
た」「同僚、本社の人的ネットワークからの離脱」「本国文化への逆適応へ
の失敗」といった理由が挙げられています。また、「同僚からのやっかみ」と
いった理由もありました。
どれも、本国で働き続けている人からすれば、「やむをえないこと」ではある
のですが、帰任者にとっては、それがどうしても我慢ならないこととなってく
るようです。
★帰任者は「自分が小さくなった感じ」になる?
実際、ダイヤモンド社と中原研究室との共同調査によると、帰任者の60%
は裁量の低下を感じ、53%は役職が低下したように感じるという調査結果が
出ています。多くの方から出る言葉は「自分が小さくなったような感じ」という
もの。
「結果的に離職はしなかったものの、帰任後に『このままでいいのか』という
思いが沸き上がった人も入れると、相当数が離職を考えたと思います」と言
う方や、「本社に戻ったらいきなり一マネジャーに戻ってしまって、何かガクッ
ていう感じなんだよね」と話す方もいました。
海外赴任者は、海外でのタフな仕事経験を通して、知識やスキルだけではな
く、「新しい視点」を持つようになります。そこで獲得した「新しい視点」は、これ
までの慣れ親しんだ「元の職場の風景」を、まったく別の「色あせた風景」に変
えてしまう可能性をはらんでいます。
海外赴任によって、「新しい視点」を身につけることは、有意義なことではあり
ますが、それが帰任後の違和感、失望感につながってしまうこともあるのです。
また、当然のことながら、「損得勘定してみると、海外赴任をせず、国内で仕
事をしていた方が早くいいポジションへ昇進ができてお得だった」という人事シ
ステムが出来上がってしまっていたとしたら、人は「合理的選択」の結果として、
わざわざグローバルな舞台で活躍しようとはしません。
人事の仕事として「グローバル人材育成」を行う場合は、帰任後にどれだけ魅
力的なキャリアを積めるのか、といったところまできちんと整備しておく必要があ
ります。
そして、実際に帰任した後には、個別のキャリア面談を施すなど、丁寧なコミュ
ニケーションを図ることが重要です。
海外赴任は、リーダーシップ開発においても、重要な職務経験の一つとなりま
す。海外帰任者を、将来のグローバルリーダー候補として大切にするという視
点も、大事なところではないかと思います。
★個人に甘え過ぎていた日本企業
ここまで5回にわたって、グローバル人材育成のあり方について、様々な視点
でお話ししてきました。
結論として申し上げたいのは、「グローバル人材育成というのは、単に教育研
修を行うことではなく、人事の全てのプロセスをかけた試みである」ということで
す。
「人事の全てのプロセスをかけた試みである」ということは、採用時の見極め、
新人育成など初期の育成、そして中堅、実務担当者時代の育成やモチベー
ション維持のためのフィードバック、海外赴任前の準備、そして渡航中、帰任
した後のフォロー…といった一連のプロセスを全てグローバル人材育成の観点
で再構築していく、ということです。
アメリカにおいて、グローバル人材育成の観点で、人事プロセスを再構築して
いくことが注目されたのは、1980年代のことでした。帰任者の退職という問題
が深刻化したためです。
日本では、なぜこうした問題が大きくならなかったのでしょうか。少し挑戦的な
言い方をすると、日本企業は長らく、個人の持つ(1)高度で勤勉な適応学習
能力、(2)会社が発動する強力な人事権への諦め、(3)配偶者と家族の献身
的な努力、といったものに甘えてきただけなのではないでしょうか。私にはそう
思えて仕方ありません。
グローバル人材育成は人事のプロセスを総動員して人を育てることに他なりま
せん。新たな教育研修を企画する前に、まずは一つ一つの人事プロセスを、グ
ローバル人材育成の観点で見直すところからはじめていただきたいと思います。











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