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zoom RSS 連絡 7/24 沖縄土産のソーキそばが旨い。

<<   作成日時 : 2017/07/24 05:34   >>

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お早うございます。今朝は曇り。29度。もう学校は夏休みに入ってます
ね。駅には子供たちが沢山いました。昨日は大暑。暑さが一番厳しい時期
です。くれぐれもお体ご自愛下さい。土曜日は長男がフットサルをしてい
て熱中症になったようで、奥さんに迎えに来て欲しいと連絡が入りました。
森下のフットサル場って言われたので、パーツセンターの場所だとわかり
私が迎えに行きました。何年も毎月行っていたところですから懐かしかっ
たです。迎えに行った時は歩いていたので多少良くなっていたのでしょう。
無理すると危険ですから、ゴルフでもご注意下さい。今日は友人に誘われ
て台湾で会食した会社にお邪魔してきます。小さな幸せを見つけましょう。
明るく楽しく健やかに素敵な一週間をスタートして下さい。
今日は河童(芥川龍之介)忌、地蔵盆、天満祭り(大阪市天満宮)。谷崎潤一
郎、酒井ゆきえ、久保田利伸、河合奈保子、吉本ばなな、植草克英、内藤
尚行、原田ゆかり、坂本昌行、魁皇、中村紀洋、アンナ・パキン、水川あ
さみの誕生日。
★ブレイクタイム★
●「叶いやすいお願い事はありますか?」
一度は利用したことがあると思うのですが「検索エンジン」ってあります
ね。ヤフーとか、グーグルとか・・・ある言葉で検索をすると、それに関
連したホームページがズラッと「縦に並んで」出てきます。
縦に並ぶということは、上部に表示されるものもあれば、下部に表示され
るものもあるわけで、もちろん、紹介される側からすれば、自分のホーム
ページをできるだけ上の方、できるなら一番上に表示して欲しいものです。
じゃあ、どういうホームページが、より上部に表示されるのかというと、
諸説、さまざまな理由がありますが、その理由の一つに「被リンク」とい
うものがあります。つまり、外のホームページから紹介のリンクを受ける
ことで、たとえば、昨日の誌面で、ぜひみなさんに見て欲しいなと思って、
ハフィントン・ポストのページを紹介しました。
ハフィントン・ポストからすると、こちらからリンクされている・・・こ
れが被リンクです。この被リンクをたくさん受けているページは、「きっ
と多くの人から参考にされたり、見て欲しいとわれている素晴らしいペー
ジなのだろう!」ということで、検索エンジンは、そのページをより上位
に表示するわけです。つまり、どれだけ多くの人から支持・応援されてい
るかが、評価の一つになっているわけです。
ところで、検索エンジンの最大手であるグーグル(Google)は、「インタ
ーネットの神」と呼ばれることがあります。この検索の仕組みを支配して
いて、悪いことをするやつは「おしおき」もあります。(検索結果の表示
からシュッと消してしまう)ペンギンやら、パンダやら・・・動物の名を
借りた、ネット界の戒律にコテンパンにやられます。
検索されなければ、ホームページの閲覧者が大幅に減ってしまうこともあ
りますから、誰にもグーグル様には逆らえない・・・というわけです。
それはさておき、ホームページを評価するのに、どれだけ被リンクを受け
ているのか、つまり周りから支持・応援されているか、を基準にするとい
う考え方が面白いなと思いまして。
以上は、インターネットの中の話なのですが、実はこれってネットだけじ
ゃなくて、現実世界でも似たようなこと、つまり「周りから支持・応援さ
れることが評価基準になる」ということがあるんじゃないでしょうか。
というのは、「グーグルがネットの神」だとすれば、日本にはいろんな神
さまの社・・・つまり神社があって、たとえば、神社で賽銭を入れてお願
い事をすることってあるじゃないですか。僭越ながら、自分が神さまとな
った場合、どんなお願い事を優先的に叶えてあげるのかというとおそらく、
「私だけが、とにかく上手くいきますように!!」というお願いごとより
も、「○○さんの夢や目標が叶いますように」という支持や応援をたくさ
ん集めたお願い事を叶えてあげるんじゃないかな・・・と思います。
この話もっと長くなりそうなので明日に続きます。
●「デフレ」はそもそもなかった?政府文書から3文字が消えた理由
政府がまとめ、6月に発表した「経済財政運営と改革の基本方針2017」、
通称「骨太の方針」から、「デフレ」の文字が消えた。政府が「戦後初め
てのデフレ」と宣言してから16年、実際に物価の下落が始まった90年代
後半から数えると約20年が経つ。なぜこのタイミングで消えたのか、そし
て本当にデフレではなくなったのだろうか。
★「骨太の方針」から消えた「デフレ」の文字
その時々の経済情勢に対して政策の取り組みや課題を示す「骨太の方針」
では、これまで「デフレ脱却を確実なものにする」(15年)、「デフレ脱
却に向けて大きく前進」(16年)と記すなど、“デフレ退治”が政策の中
心に据えられてきた。
それが17年の骨太の方針では、「デフレ」の文字が消滅、政策からも消
えた形だ。じつは、毎月の経済情勢を判断する「月例経済報告」でも、2013
年12月からデフレの文字は消えている。
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こうした背景について内閣府は、「この1年余り、消費者物価指数が前年
を下回ることはなく、物価が持続的に下落する状況ではなくなった。つま
り、デフレは終わったという認識だ」と話す。
確かに、2012年12月からの景気拡大局面は戦後3番目の長さになり、需
給ギャップや雇用の指標も改善している。デフレの時代は終わったかに見
える。
とはいえ内閣府は、「『デフレ脱却宣言』をするにはまだ様子をみる必要
がある」という。内閣府が06年3月に作った「デフレ脱却の定義」では、
物価が持続的に下落する状況を脱したことに加えて、「再びその状況に戻
る見込みがないこと」を挙げているからだ。
この点については、「景気回復のテンポは弱いし、物価もほぼ横這い(前
月比0%程度の上昇)の下で、再びマイナスにならないとはいいきれない」
と、内閣府は自信なさげ。それを反映してのことなのか、公式の「デフレ
脱却」宣言はまだしないという。こっそりと各文書からデフレの文字を消
したというのが実情のようだ。
★IT機器の「品質調整」がデフレに見せかけていた
そもそも「デフレはなかった」と、指摘する専門家もいる。
消費者物価指数(CPI)を、天候などに左右される生鮮食品やエネルギ
ー関連を除いたもので見ると、1998年から前年比マイナスとなって低迷。
2008年にプラスに転じたものの、リーマンショック後は再びマイナスにな
ったため、デフレは続いているとされてきた。
だが、明治学院大学の熊倉正修教授は、「CPIの中身を詳細に分析する
と、実はデフレは生じていなかったことが分かる」と指摘するのだ。
CPIは、585品目(2015年指数)程度の価格指数を加重平均して算出さ
れるが、調査対象品目の銘柄変更や、品質調整などの影響を反映している。
基本は、同一の品質、性能を持つ商品やサービスの平均価格の変化を追跡
する指数であるためで、新商品が売り出されたり機能や品質が向上したり
した場合には、その分を「価格下落」とみなし、価格から差し引く調整が
行われているわけだ。
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 1990年代後半以降、技術の進歩が著しいパソコンやデジタル家電といっ
た情報通信(IT)機器が次々に対象品目に採用されたことに加え、「品
質調整」に伴う調整も行われ、IT機器の物価指数は2000年代(2000〜
2010年)だけでも年率(平均)17.1%、家電製品を加えると12.9%の下
落率となっている。
熊倉教授は、こうしたIT・家電製品を除けば、「実際のCPIは90年
代後半から2012年頃までほぼ横這いで、安定して推移している」とし、
「名目的な数字にごまかされていただけで、デフレはなかった」と語る。
★物価が再上昇したのはアベノミクスと関係ない
一方で13年から、CPIが緩やかな回復傾向になっていることについて、
政府は「アベノミクスによるデフレ退治が奏功した結果」と喧伝する。
だが、熊倉教授は「アベノミクスは関係ない」と断言する。
熊倉教授は、物価が上昇した理由として、まず、IT機器市場の成熟化を
受けて品質調整が見送られるケースが増えたことや、為替レートが円安に
振れる中で中国からの輸入品が急増したことをあげる。その結果、IT・
家電製品の物価指数は12年末に下げ止まって、他の品目の上昇率を上回
るようになり、逆に総合指数の上昇を下支えする役割を果たすようになっ
た。
もう一つは、人手不足を反映した「労働需給の変化」が要因だという。高
齢化や労働人口の減少に伴って、介護や福祉などの産業で労働需要が急増、
人手不足が顕著となって賃金が上がり始めたからだ。
「こうした二つの要因によって物価が上昇しただけ。アベノミクスの時期
とたまたま重なっただけで、その効果と物価上昇は関係ない」(熊倉教授)
というのだ。
むしろ安倍政権は、医療や介護などの報酬を抑制してきたことに加え、社
会保障の安定財源確保のための消費増税も先送りするなど、「介護や福祉
分野の賃金やサービス価格を政府が抑え込んで、物価が上がらない方向の
政策をとってきた」(同)。
このように考えていくと、結局、「デフレ」の文字が消えたのは、アベノ
ミクスの効果ではなく、統計作成に関する技術的な要因や製造業からサー
ビス業へと産業構造が変化する中で、介護や福祉分野において人手不足、
労働需給のミスマッチが起きたことが主な原因ということになる。
金融危機やリーマンショック後、何も手を打たなかった場合を考えれば、
マクロ政策が金融不安を抑え、経済を下支えしたことは確かだ。だが、物
価変動の原因という側面から考えれば、アベノミクスは何やら“一人相撲”
をとってきたような趣だ。
★デフレに“濡れ衣”を着せた政治家と企業経営者
では、日本銀行が、財政ファイナンスと紙一重である大量の国債を買い入
れてまで、力ずくで“統計上”のデフレを退治しようと、必死になったの
はなぜなのか。
その理由はずばり、デフレの「定義」がはっきりしていなかったことにあ
る。
戦後、長い間、インフレの方が切実な問題だったこともあって、物価下落
に関する認識は浅かった。バブル崩壊後の不良債権処理の遅れが景気停滞
を長引かせる中で、いくら日銀が金利をゼロ近くまで引き下げても、物価
が下がり続けていると、それだけで過剰債務を抱えた企業の収益は改善せ
ず、不良債権処理がさらに遅れるといった悪循環に陥りかけた。
そこで政府は01年3月、それまで「物価下落と景気後退が同時に進む」
としてきたデフレの定義を、「物価の持続的な下落」に変更して、「デフ
レ」を宣言。日銀も「デフレは貨幣の供給量が足りないからだ」との主張
に押し切られるように、量的緩和政策に踏み出すことになる。
それまで、デフレは「不況の結果」というのが一般的な考え方だった。そ
れがいつしか、デフレが「不況の原因」となり、ついには「物価下落はと
にかく悪いこと」だというのが共通認識となって、日銀は緩和圧力を受け
続けたのだ。
つまり、当初は、不良債権処理を加速させるためにデフレの定義を変更し
たものの、それが逆に政府や日銀を縛り付ける結果となったわけだ。
そもそも、98年から、日銀の黒田総裁が「異次元緩和」に踏み出す直前の
2012年にかけてのCPIの下落率は、年率マイナス0.3%程度だ。グロー
バル化による世界的な供給構造の変化やIT化、先進国の低成長を考えれ
ば、CPIは、「物価や賃金が上がりにくい、変化しにくい経済」になっ
たことを示しているに過ぎなかった。にもかかわらず、日本では「デフレ
脱却」が叫ばれ続けたのである。
それはなぜか。「デフレ」と言っている方が、都合の良い面があったから
だ。
政治家たちは、「デフレ」を「不況」と言い換えることにより、景気対策
を打つことで有権者や業界団体にいい顔ができる上、財政再建や増税とい
った票につながらない政策に取り組まずに済んだ。また、企業経営者もデ
フレを賃金抑制の口実に使うことができた。日銀もデフレ対策名目で国債
を買い上げているいる限り、批判の矢面に立たされずにすむ。
唯一、「本音」でインフレにしたかったのは、巨額の財政赤字を抱える政
府だろう。ただ、現実はデフレというより物価安定に近かったため、賃金
は増えなくても物価の下落が暮らしを支えていた面はあったし、退職世代
も預貯金の目減りを心配することはなかった。モノもサービスもあふれた
経済で、政府や日銀がもくろんだような「インフレ期待(予想)」から、
消費者が商品を買い急ぐことも起きなかった。
「財政や社会保障といった本質的な議論を避けるため、なにもかもをデフ
レのせいにして、国民に『デフレさえ脱却すれば日本経済の問題は全て解
決される』と信じ込ませた。いわばデフレに濡れ衣を着せてきたわけだ。
日銀もそうした状況を望んでいたわけではなかったが、結果的には加担し
てしまった格好だ」と、日銀の元幹部は話す。
政府は、密かにではあるものの「デフレ」は終結したと認めた。となれば、
長年に渡って議論を先送りし、目をそらし続けてきた課題について、もは
やデフレのせいにできなくなったということだ。デフレは統計上の“まや
かし”であったかもしれないが、そうした課題は、まやかしで済ますわけ
にはいかなくなったのである。
●「乾杯・締めの挨拶」でしくじる人がハマる3つの落とし穴
★「ちょっとした挨拶」でしくじる人が陥る3つのポイント
暑いですね。通勤で汗だくになる方も多いのではないでしょうか。そうな
ってくると、暑気払いと称して飲みに行く機会もあろうかと思います。少
人数で気軽に行く場合もあれば、かなりの大人数で所属部門の宴会、とい
うパターンもあろうかと思います。
その時によくあるのが「乾杯の挨拶」と「締めの挨拶」。大体その場の年
長者の方やメインゲストの人物が担うことになります。
人によっては、短いスピーチでしっかりと人心をつかんだり、ちょっと場
の空気を和ませたりすることもあれば、逆におそろしく場をしらけさせて
しまうという事故も散見されます。
この「ちょっとした挨拶」は、ビジネスに直接関係はしないまでも、これ
でなかなかいい自己アピールの場でもありますし、逆にしくじれば余分な
マイナスイメージを定着させる原因にもなります。
今回は、皆様と一緒に宴席の際の「ちょっとした挨拶」をする時に、いか
にして損をせず、むしろ効果的に自分の価値を上げることができるのかに
ついて考えてみたいと思います。
■残念な挨拶その1:とにかく長い挨拶
やたらと長い挨拶、皆さんもげんなりした経験があるのではないでしょう
か。だらだらと同じような話をつづけ、もしかしてオチがあるのかな…?
と思わせつつ結局「長くなってしまってすいません、このあたりで乾杯し
たいと思います」と突然話が打ち切られたりして、腰砕けになったりした
ことが、私も何度もあります。
私の妻が出席したある結婚式で、乾杯前の新郎新婦双方の主賓挨拶が、そ
れぞれ30分以上続いたことがありました。
乾杯前ということでグラスに注がれていたシャンパンの泡は完全に消え去
ってしまい、手が疲れてしまってみんなグラスをテーブルに戻していたそ
うです(さすがに椅子に座ってしまった人はいなかったようですが)。
なぜこの長い挨拶が問題だったのでしょうか。
この場合には、参列者の人たちに「この主賓の人たちは長く話をする」と
いう覚悟ができていなかったことです。双方とも30分ずつ話したという
ことは、あらかじめ新郎新婦からそのようなオーダーがあったということ
でしょう。それを参列者には知らせず、かつ立ちっぱなしで60分という
のは、いささか拷問に近いと言ってよいでしょう。
乾杯や締めの挨拶は、場の空気を作ったり和らげたりして、パーティーの
価値を高めるためにするものだと私は思っています。独りよがりで長いだ
けの挨拶を、参加者を疲れさせるほど続けてしまうのは、グローバル仕事
人としては絶対避けるべき行為であると断言できます。それは、参加者の
人々が宴席やパーティーを楽しむために作った貴重な時間を奪う行為だか
らです。
話の内容が面白ければ長くてもいいのか、というとこれまたちょっと悩む
ところですね。参加者がその人の挨拶を目当てに来たのであれば構かまわ
ないのかもしれませんが、たいてい挨拶は添え物でメインは参加者同士の
会話であったり、その会合のホスト役との触れ合いだったりするからです。
挨拶をする人がメインコンテンツとなる時間を食ってしまうのは、とにか
く避けた方がいいですね。
では、何分が長くて何分が短いのか。
これは基準があるわけではありません。1分でも長く感じる場面もあるで
しょうし、5分でも短すぎると思われるパターンもあります。これは、イ
ベント全体の尺や自分の立場、何よりも自分の挨拶に対する期待値をも
とに判断するしかありません。
ちなみに、澤が乾杯の挨拶をするときは、大体3分程度にまとめています。
もちろん、とにかくすぐ飲みたい!という雰囲気の宴会などでは、「何は
ともあれ、まずはこの場で杯を交わせることに感謝しましょう!乾杯!」
と一瞬で終わらせてしまうこともあります。長すぎて嫌われることはあっ
ても、短すぎて気分を害することは少ないのではないかと思います。
■残念な挨拶その2:自己満足の話をする
前述の結婚式では、新婦側主賓の挨拶は、「新婦のお父さんと自分の友人
関係がいかに素晴らしかったか」を延々と話しつづけ、新郎側の主賓は所
属企業の新製品の紹介をひたすらしていたそうです。
いずれの話も参列者からすると割とどうでもいい話で、それよりも新郎新
婦の人となりについて紹介してほしいと思ったり、もっと言えばとっとと
シャンパンを飲ませてくれと強く思ったりしていただろうな、と容易に想
像ができます。
何が問題だったかといえば、これは私のプレゼンに関する記事と共通して
いますが「聞いている人たちの視点が欠落している」ということに尽きま
す。
宴席における挨拶は、乾杯であればその後の時間が盛り上がるような起爆
剤になればいいですし、最後の締めであれば、素敵な時間を過ごせたこと
に感謝をするような雰囲気が作れれば成功でしょう。いずれの場合も、主
役はあくまでその場にいる人たちであって、挨拶する人ではありません。
挨拶を頼まれてすっかり有頂天になり、必要以上に万能感を持ってしまっ
て独りよがりで勘違いも甚だしい挨拶をしてしまう人は、残念ながらグロ
ーバル仕事人としての資質はゼロといってよいでしょう。
また、自分の立場を過信しすぎて他人を貶めたり、過度の「イジリ」をし
たりするのは、参加者を不快な気分にさせるリスクもあります。グローバ
ル仕事人たるもの、その場には多種多様な価値観を持つ人たちがいること
を認識しつつ、だれもが共感できるストーリーを用意しなくてはなりませ
ん。
宴席だからといって下品さや無礼さが無条件に受け入れられるというのは
大きな間違いです。ここで自分を律することができ、その場の雰囲気を自
在にプロデュースできてこそ、一流の証といえるでしょう。
■残念な挨拶その3:つまらない
もう元も子もないのですが、まったく当たり障りなく面白くもおかしくも
ない、どこかの挨拶文コレクションのテンプレートのような挨拶をする人、
出会ったことはありませんか?
もちろん、毒をまき散らすような話をする人に比べればずっとましかもし
れませんが、せっかくの機会をそんな無難に使ってしまうのはあまりにも
ったいないですね。
さらに残念さが増してしまうのは、丁寧な言い方をしようとし過ぎてしま
って、敬語や謙譲語や丁寧語がこんがらがってしまって、自分の会社の社
長に「様」をつけてみたり「私がおっしゃりたいのは」という意味不明な
言葉を繰り出したりする人です。
こういう人たちは、「挨拶の形」にこだわり過ぎていて、これまた参加者
不在の挨拶になってしまっています。
もちろん、ある程度のマナーや礼節を押さえるのは大事な心構えですし、
全く否定されるものではありません。ただ、「これが正解!」と思い込ん
で一語一句間違えないようにしようとすると、かえって噛みまくってしま
ったり、妙に味気ない挨拶になってしまいがちです。
とはいえ、とにかく笑いを取ろうとして慣れない冗談を言うのはもっとい
ただけません。つまらなさに拍車をかけること間違いなしです。芸人を目
指しているのでもないかぎり、無理して冗談を言うことはありません。下
手をすればその場の空気は氷河時代のように凍り付きかねません。
自分が冗談を言って笑わせるタイプではない、と自覚しているのであれば、
妙なチャレンジをする必要はないのです。自然体で臨みましょう。
★「できる人」と思わせる挨拶3つのポイント
では、どんな挨拶をすればよいのでしょうか。「これが鉄板!」「絶対正
解はこのフレーズ!」とかいうのは存在しないのではないか、というのが
私の持論です。
というのも適切な挨拶というのは、その場の雰囲気や宴席の目的や内容、
参加者のタイプによって千差万別だからです。ただ、いくつか私なりに考
えた「押さえておくポイント」というものを紹介したいと思います。
■参加者の「体験」に合わせた挨拶をする
参加しているパーティーが何のために開かれているのか理解して、その場
にいる人たちの「共通体験」を挨拶の中に入れるのは、とても効果的であ
り、ある意味鉄則でもあります。
結婚式の乾杯挨拶で新郎新婦にまつわる話をまともに入れられないのは、
正直スピーチをする資格がないと言えます。「面識がないんだから仕方が
ない」というのは言い訳になりません。その場で依頼されたならまだしも、
結婚式であれば事前に依頼を受けているはず。なので、下調べするのは最
低限のマナーです。そして、二人にまつわるちょっとほほえましいエピソ
ードを入れつつ、明るい未来を期待させるフレーズを入れる。そうすれば
「二人の門出の祝福」をプロデュースすることができるわけです。
また、所属部門の納会の締めの挨拶であれば、いかにその年度のビジネス
がタフだったかにまつわるストーリーを入れ、その際に活躍した人をたた
えたりして、最終的には「来期はますますいい一年にするぞ!」という決
起の雰囲気が作れれば最高ですね。いずれも、その場にいる人たちの共通
体験を大事にした考え方です。
共通体験を言葉にすれば、具体的なイメージとして脳内に常駐させて、持
ち帰ってもらうことができます。
プレゼンテーションの考え方と同じで、発する言葉は相手の心に刺さって
こそ意味があります。体験こそが心を動かす、という原理原則を思い出し
てください。
■再利用可能な情報を提供する
先日あるパーティーの締めの挨拶をさせていただいたとき、私はちょっと
した数字を紹介しました。
「人の笑顔は16個の表情筋を使って作られる」
「この世の中の歌の90%はラブソングである」
このふたつの数字を紹介して、「笑顔で愛を語っていれば、人生幸せに過
ごせるってことですね。このパーティーの楽しさを思い出して笑顔になり
ながら、ラブソングを鼻歌で歌いながら明日から頑張っていきましょう!」
というような挨拶で締めくくりました。
特にすごく大きな意味のあるスピーチではないのですが、このふたつの数
字は参加者の人たちが別の場面でも使えるものです。再利用可能な情報を
提供して「ちょっといいこと聞いたな、だれかに教えたいな」と思ってく
れることが、その場にいた人たちの共通体験になります。
さすがにこれは普段から何かしらの小ネタを準備しておかないとパッとは
出てこないものですが、普段からなんとなく「意外な数字」「ちょっとし
た雑学」を覚えておくことで、急に挨拶を依頼されたとしても、「気の利
いた話ができる人」として株を上げることができます。ちょっと意識して
普段過ごしてみてはいかがでしょうか。
■元気が出る声を出す
アントニオ猪木さんの「イチ、ニ、サン、ダー!!!」という掛け声は、私
と同年代の人なら確実に知っていることでしょう。これは単なる掛け声で
しかないのですが、やはり大きな声を出すのは元気も出るものです。参加
者の人にまで大声を出すことを強制する必要はありませんが、少なくとも
自分の挨拶の最後や宴会終わりの一本締めでは、ちょっとトーンの高めの
声で締めくくってみてください。
「ありがとうございました」の語尾も、駆け上がる感じで仕上げると、聴
いている側の印象も随分違うものです。
聴いている人たちを元気づけるために挨拶という役割を担っているのだ、
と思うくらいでちょうどいいでしょう。
ぜひとも肩書きや立場とは違う魅力で「また挨拶してください」と言われ
るような人になってみてください。気の利いた挨拶をしたことで、結果的
に皆さんのキャリアアップのきっかけになるかもしれませんよ。

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