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<<   作成日時 : 2017/09/04 06:27   >>

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亜細亜最新情報 ★ブレイクタイム★
●中国内陸の成都、武漢に全日空が「直行便」を飛ばす理由
ここ数年、成都には用事で数回訪れたことはあるが、日本からの直行便で
成都に乗り込むのは実に6年ぶりのことだ。
広い中国を一つの物差しでとらえるのは容易でないから、よくある方法と
して、東部(沿海部)、中部、東北部、西部という四つのブロックに分け
て見ることがある。
東部は、沿海部という呼び方もあるように、海に接する河北、遼寧、江蘇、
浙江、福建、山東、広東、海南の8省と北京、天津、上海の3市からなり、
全国土の約10%を占める。
例外として、海に接する広西チワン族自治区は入っていない。逆に北京は、
海と接していないにもかかわらず、東部のメンバーとして見なされている。
海に接するという地理的な条件のほかに、その地域の経済力も考慮されて
いるからだ。だから、東部は中国の先進地域と見ていいだろう。
中部は、本来ならば沿海各省と境を接する山西、内モンゴル、吉林、黒竜
江、安徽、江西、河南、湖南、湖北の9省・自治区を指すが、いまでは山
西、安徽、江西、河南、湖南、湖北の6省を指す場合が多い。中部は中国
国内の「中進国」ならぬ中進地域のようなイメージをもつ地域だと思う。
東北部は、遼寧省、吉林省、黒竜江省からなる。以前は重工業が集中して
いた地域だが、ここ二十数年、地域間の競争に負けてしまい、いまや低迷
地域に落ちこぼれている。
残る西部は、陝西、甘粛、青海、寧夏、新疆、四川、重慶、雲南、貴州、
チベットなど内陸に広がる10省・自治区を指す。同地区は、自然環境が
厳しいため経済が立ち遅れ、沿海部や中部と比べて大きな格差が横たわっ
ている。中国の貧困地域と見られがちだ。
★豊かな成都にはヨーカ堂や伊勢丹も進出
しかし、こと四川省の成都になると、イメージも実態も全然違う。成都平
野(川西平野ともいう)にある町は、2000年来ずっと都江堰(とこうえん)
に守られていたこともあって水害や干ばつもなく、安定した農産業を営む
ことができる豊かなところだ。四川省自体も、昔から物産が豊かな土地と
して知られ、「天府の国」とも呼ばれている。
私は、「茶館」が多い地域ほど、中国では豊かな街だと見ている。茶館と
は、中国茶を飲む喫茶店のことだ。茶館が多いということは、のんびりと
生活を楽しむ習慣がその土地に根付き、豊かさの指標だと見ていい。だか
ら、茶館の多い成都は、西部一の豊かさであると言えるのだ。
1996年4月、イトーヨーカ堂は外国資本の企業として初めて中国政府から
全国展開を認められ、中国企業と合弁で現地法人を設立。翌年の1997年
11月、成都店を開店させた。
当時、多くの日本のメディア関係者が理解に苦しんだ。なぜ山奥にある成
都を選んだのか、と。じつは、今だから明かせるが、邱永漢氏のアドバイ
スを受けてのものであり、イトーヨーカ堂には先見の明があったと言えよ
う。
2012年には北京で8店舗、成都では5店舗という規模にすでに達していた
が、今や北京では苦戦を強いられ、不採算店舗を相次いで閉鎖、撤退も視
野に入れながら規模を縮小させていた。
しかし成都では、いまだ快進撃を続けている。特に2号店の双楠店は、日
本国内も含めたイトーヨーカ堂全店の中で、売上高も利益もトップだ。そ
の実績に鼓舞されたのか、近年、年に1店舗というスピードで、新店をオ
ープンさせている。
成都イトーヨーカ堂董事長・総経理を務めた三枝富博氏も、今やイトーヨ
ーカ堂の代表取締役社長となった。一種の論功行賞と見てもいい人事評価
だと思う。そのイトーヨーカ堂の成功により、成都の豊かさと消費力の高
さが日本でも認知されるようになり、伊勢丹も追いかけて進出したのであ
る。
★震災直後に就航した全日空スタート時は試練の連続だった
こうした成都に、全日本空輸(全日空)は東日本大震災の直後、思い切っ
て直行便を飛ばした。しかし、放射能汚染などに対する心配が広がり、日
本へ向かう中国人は少なかった他、翌2012年に発生した尖閣諸島(中国
名「釣魚島」)問題によって、搭乗率は一時49%にまで下がってしまった。
しかし、2015年度になって、日本へ向かう観光ツアーの中国人客が殺到、
飛行機の搭乗率も81%まで改善し、ようやく黒字状態になった。
だが、喜んだのもつかの間、成都と日本を結ぶ空路に、ビジネスのうまみ
を感じた中国系の航空会社も直行便を飛ばすようになる。2016年1月18
日、四川航空が成田〜成都路線に新規就航したのはその一例だ。
「厳しい価格競争に巻き込まれ、新しい課題に直面している」。状況を説
明してくれた全日空成都支店の村上貴行支店長の表情が硬かった。
幸い、最近では単価が高い日本人客が少しずつ増えている。今年4月から
これまでの日本人客の比率は、2014年と比べて倍増しているほどだ。とは
いえ、まだまだ中国人客の比率の半分を少々超えた程度だ。
「パンダの成都」「三国志の成都」というイメージをもっともっと日本に
浸透させなければいけないのではないかと思いながら、私は重慶を経由し
て武漢へ向かった。
武漢のオフィスで私のインタビューを受けた全日空武漢支店営業担当高級
経理の岩田裕之氏は、成都路線が開通した時点から中国に滞在しており、
実に滞中13年に及ぶ。武漢路線の開通準備にあたるため武漢に移った。
武漢には、日系企業が220社あり、在住の日本人は750人いて、訪日旅行
の販売を開始した旅行社は、武漢線が開通する前の3社から現在は16社
まで拡大している。2016年5月に第一号店の開業に漕ぎつけたローソンは
その16年度はすでに50店も開業し、17年度にはさらに150店舗の新規開
店を計画している、そして全日空の武漢路線の搭乗率は今年7月に70%に
達した。
岩田氏は、こうした情報をすらすらと教えてくれた。そして、「本当に『
武漢毎天不一様(武漢は毎日変化している)』という広告のコピーが訴え
るように伸び続ける町だ」と感想を述べた。
ただ、生活の便利さに触れると、成都を懐かしむ表情になり、「成都では
日本料理用の食材などは何でも簡単に入手できた。それに比べると武漢は
まだまだだ」としみじみと語った。そのときの表情は印象的だった。
「成都線は4年かかって黒字を実現したが、武漢線にはそんな余裕はない。
2年で勝負を見せないといけないが、早期に黒字を実現する自信はある。
大型機を維持していきたい」(岩田氏)
武漢空港ターミナルは、年内に移転することになっている。別れ際、岩田
氏は「就航2周年を迎えたとき、莫さん、是非また武漢を見にきてくださ
い。新しいターミナルで迎えますから」と営業担当らしく誘ってくれた。
中国の内陸部市場を日本とつなぐ全日空の2路線を駆け足で見た。しかし、
このレポートはまだまだ書き続けたい。前回の記事をSNSで取り上げた
ら、「重慶と日本の全日空の直行便がいつ実現できるのか」「山東省の威
海に飛ぶ可能性はないのか」といった質問がすぐに中国人読者から飛んで
きた。中国人の関心の高さが透けて見える。
●金正恩に2年の軍隊経験説、成功体験重ねる33歳指導者の不気味
8月29日に、“日本列島越え”の弾道ミサイルを発射した金正恩だが、最
高指導者の地位を継承した経緯には謎が多い。そうした金正恩が、朝鮮人
民軍に身分を秘匿して入隊し、一兵卒として軍隊生活を送ったと指摘する
専門家がいる。朝鮮総連出身で、今はフリーライターとして活躍する李策
氏が取材した。
★2005年の初めから2年間身分を隠して朝鮮人民軍に入隊か
故金正日総書記の三男である金正恩朝鮮労働党委員長が、どのような過程
を経て父親から最高指導者の地位を継承したかについては謎が多い。
彼が父親の後継者に決まったのは2009年頃のこと。金正恩の誕生日は
1984年1月8日とされているから、25歳の時ということになる。
金正恩は、スイスに留学して小中学校に通い、2000年に帰国して以降、金
日成総合大学と金日成軍事総合大学で教育を受けたとされている。ただ、
国家の指導者となるべく特別な経験を積み、実績を築くには十分な時間が
なかったことは確かだ。
だが、金正恩の経歴の“空白部分”について、興味深い指摘がある。
韓国のNGO「北韓戦略情報センター」(NKSIS)の代表で、自身も
脱北者である李潤傑(イ・ユンゴル)氏によれば、金正恩は2005年の初
めから約2年間、朝鮮人民軍に身分を秘匿して入隊し、一兵卒として軍隊
生活を送ったというのである。
李氏によると、スイス留学から帰国して以降、勉強が手につかなかった金
正恩の将来を案じた母・コ・ヨンヒが、いずれ父親の権力を継いだ時の助
けになればと「武者修行」に送り込むことを決断。コ・ヨンヒは2004年
8月に病死するが、その遺志を受け継いだ党と軍の幹部らが、金正恩の極
秘入隊を決行したというのだ。
最高権力者の息子として何不自由なく育ち、海外留学まで経験した「世間
知らず」な金正恩は、軍隊生活になかなか馴染めず、他の兵士と同様に上
官からの「シゴキ」や「イジメ」を経験した。それでも何とか順応し、
2006年末に除隊したという。
筆者の知る限り、このようなエピソードを紹介しているのは李氏だけだが、
事実なら、金正恩の思考や行動を理解する上で欠くべからざる情報と言え
よう。
いずれにせよ、何の実績もなく最高指導者となった金正恩だったが、今と
なってはもう、そのように言うことはできない。
朝鮮人民軍が弾道ミサイルなどの新兵器を試射するたびに、金正恩は現場
で指揮を取り、成功へと導いている。それも、米韓が金正恩に対する「斬
首作戦」を進める状況下で、米軍の偵察衛星に自分の身をさらしながらだ。
つまり、一連のミサイル発射は、それ自体が米軍を向こうに回しての軍事
作戦なのであり、少なくとも短期的な意味では、金正恩は「勝利」を重ね
てしまっているのである。
こうした状況について、現役の自衛官に意見を求めたところ、「朝鮮人民
軍の中で、金正恩の権威は高まらざるを得ないでしょう」との返答だった。
今の世の中、まだ33歳の若者がこのような経験を重ねて国家指導者とし
て成長していくというケースは、他に類を見ないものと言える。
★ミサイルが列島越えしても慣れて穏やかな日本
片や、北朝鮮と向き合うわれわれ日本の側はどうか。
金正恩が8月29日に強行した弾道ミサイルの「日本列島越え」の暴挙は、
金正日も1998年にやったことだ。あの時に巻き起こった日本世論の猛反
発ぶりと比べると、今回はずいぶんと穏やかであり、金正恩によってす
っかり「慣らされてしまった」と言わざるを得ない。
安倍晋三首相は「これまでにない深刻かつ重大な脅威だ」と言って非難
したが、「ではどうするのか」といった問いには答えを持ち合わせてい
ないのである。
これが何を意味するかと言えば、経済制裁で国と国民が傷つくのを顧み
ず、決然と行動する金正恩に対し、「核武装の完成」という当面の目的
を達するために必要とする“領域”を、徐々に譲り渡す形になってしま
っているわけだ。
このような「成功体験」を重ねている金正恩は、果たしてどこに向かっ
て突き進んでいくのか。
彼は今、決然と行動することこそが勝利のカギであると確信しているの
ではないか。筆者は、金正恩がこのままより大きく成長してしまうこと
に、非常に不穏なものを感じる。
将来の災いの芽を摘むためにも、日米韓はなるべく早い段階で、金正恩
の意思と行動をくじいておかねばならない。弾道ミサイルがロフテッド
軌道を取らず、通常の軌道でこちらへ飛んでくるのなら、むしろ迎撃し
易くなったはずだ。
日米韓は、北朝鮮が遠からず発射するであろう弾道ミサイルの迎撃に全
力を挙げ、「物事は必ずしも自分の思い通りにならない」ということを、
金正恩に思い知らせるべきだ。

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