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<<   作成日時 : 2017/08/24 08:20   >>

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亜細亜最新情報 ★ブレイクタイム★
●なぜ日系企業は結局、中国・大連に「出戻り」したがるのか?
中国でビジネスを経験した日本人ビジネスマンの中には、かれらの時間感
覚の乏しさや、あまりに自己中心的な行動に辟易した方も多いでしょう。
しかし、高瀬さんは、「そんな中国人も、日本式の仕事術を取り入れ、変
わりつつある」と指摘し、たとえ人件費があがっても日系企業が中国に拠
点を置くメリットを力説しています。
★時を刻みながら発展する大連
16年間を中国・大連市内で暮らしてきて、この10年で市内のあらゆる場
所がみるみるうちに様変わりしてきたのを目の当たりにすると、時の流れ
の速さとともに、行政の行動力と指導力がそれに伴い、見事なまでに速や
かに前進していることに驚嘆するのです。
人が求めていることに対して、兎にも角にも、形さえ作ってしまえばとい
う、そこに、中国式手法があります。
10年持たせなければということよりも、5年でもいいから早く市民の目に
さらせ、ということが、前提になっているのでしょうか。
地下鉄1号線、2号線を利用する人の数も多く、その便利さを伺う事がで
きます。公共バスを利用すれば全行程、1元(約16円)か2元です。地
下鉄の場合は、距離によって違い2駅で4元から順次金額が上がっていき
ます。それでも今の人たちは理解しつつも、あえて利用しているのです。
10年前あたりには、中国人との約束で待ち合わせをする時、その時間の
10分ぐらい前には指定された場所に着くというのが日本人としての常識
みたいなものがありました。
その反面、中国人は必ずその時間の後に来ることが多く、ある時電話を
して「いつ来るの?」と尋ねると、「馬上、馬上(マーシャン、マーシ
ャン)」(今すぐ、今すぐ)というだけ。時間の観念がまったく無い中
国人が多かったのです。
※「馬上(マーシャン)」とは、<今、馬に乗って走っているところだ
から、もうすぐ着く>という意味です。
時が流れ、現在の20代から40代の人たちは時間に対しての重要性があ
る程度認識されてきているので、以前ほどとてつもなく、自己本位的な
行動が少なくなってきました。特に日系企業に勤める人たちには、顕著
に表れています。
そういう人たちの周りにいる中国人も、徐々にそのような行動をとるよ
うになっていくのです。
時間指定のある用事がある場合は特に、公共バスより地下鉄を利用する
のです。大連市民の生活向上も一つの因になるでしょう。
確かに物価は上昇しつつありますが、例えば、16年前のラーメン一杯が
2元(約32円)だったのが、今では同じものが6元(約96円)と3倍に
なっています。他の種類によっては、4〜5倍のものもあります。
物価が上がるにつれ、給料もそれなりに上がってはいきますが、やはり
物価上昇のほうが先に動いています
2001年当時の初級IT技術者は、月額600元(約9600円)ぐらいが相場
でした。現時点では、置かれた役や会社によっては多少の違いはありま
すが、当時の技術者に置き換えてみた場合、月額4000元(約64000円)
となり、約6.7倍です。PMあたりでは、1万2千元以上ですから日本で
暮らすよりも優雅に過ごせるのです。
先日ある日系企業の方からのご要望でお話を伺いました。2015年に大
連から他国へ移り大連のときと同じ業務を行っているが、すべてにお
いて事がスムーズに進まず、今一度大連に戻りたいという事でした。
大連では、人件費用が大きな問題で今後の事を考え他国へと移ったはい
いのですが、技術力、言葉の壁、インフラ等々において、実は大連以上
の経費がかさんでしまい、いくら人件費が安く抑えられるとはいえ、浅
はかでした、と。この企業の拠点を再度大連に置くことと、人材等々の
諸問題をお手伝いすることになりました。
この事に連係しているのは、製造関連の会社の出戻りがあります。上記
内容と同じで、やはり、中国の方が良かったとの感想でした。この製造
会社のお手伝いもさせていただきます。
時間が一刻一刻と進むにつれ、その周辺に起こり得る状況の変化も同時
に進んでいき、それが徐々に当たり前の世界に映ってしまうのが人間の
性なのかも知れません。
日本人が強くなってこそ、日本の国も強くなります。いつまでも弱腰で
あってはならないのです。
時間とともに薄れゆく日本であってはいけないと思っています。
大連においては、日本人的な仕事術が、今もなお求められ続けているの
です。この先もますます発展し続ける大連を生きている限り追いかけて
いきたいと筆者は思っています。
●あの日、私は北京上空にいた。元国際線CAが空から見た天安門事件
米国育ちで元ANA国際線CA、さらに元ニュースステーションお天気キャ
スターからの東大大学院進学と、異例のキャリアを持つ健康社会学者の
河合さん。今回は、先日亡くなった中国民主化運動の象徴・劉暁波氏を
偲び、河合さんがCA時代に搭乗した「天安門事件の救援機」における
貴重なエピソードを紹介しています。
劉暁波と空の上から見た北京
先日、中国の民主化運動の象徴的存在で人権活動家の劉暁波氏が、61歳
で死去しました。
劉氏と聞いて真っ先に思い浮かべるのが「天安門事件」ですが、最近は
「天安門?天津飯みたいなもんですか?」なんてことを平気で言う若者
がいるみたいですから、ずいぶんと昔のことになってしまいました。
私ったら、結構な年月、働いてしまっているのね……。
なんてことをしみじみと感じている次第です。
だって、私にとっての天安門事件は、「CAの仕事」がどういうものなの
か?を痛感させられた出来事で、あのときの経験が「国というもの」に
ついて考えるきっかけになったといっても過言ではありません。
「すぐに羽田に出社せよ。救援機に乗務してください。」ーーー。
そうなんです。天安門事件が勃発した翌日、日本政府が北京に滞在する
日本人を救出するために救援機を出すことになり、自宅スタンバイ(欠
員補?要員として自宅で待機する勤務)だった私は、会社(ANA)から乗
務を命じられたのです。
当時の私はピカピカの一年生。
羽田出社も初体験(国際線は成田オンリーだったので)、救援機も初体
験、自宅スタンバイから乗務を命じられるのも初体験……etc etc 何か
ら何まで“初体験”だらけでした。
救援機はANAの767を利用。乗務員は12、3名だったと記憶しています。
羽田をカラで離陸し、機内には乗客の方にサービスするお弁当を搭載。
クルーは私も含めみな緊張気味でしたが、それでも北京上空まではチャ
ーター便のような気分でした。
そんな気分を吹き飛ばしたのが、飛行機の窓からたくさんの炎。
見慣れた北京の町並みの、あちらこちらに炎が広がっていたのです。
天安門前の長安街で、事件を鎮圧するために現れた何台もの戦車の車列
の前に立ち、行く手を遮った男性の映像は、その後「無名の反逆者」
(the Unknown Rebel)と呼ばれ、世界中のメディアが報じました。
おそらく私が見た炎の中には、戦車から発射されたものも含まれていた
はずです。
中国政府はいまだに天安門事件の被害者の数を明かにしていませんが、
かなりの数の民間人が犠牲になったことは明白です。
それは飛行機に乗り込んできた乗客の姿からも、容易に想像できました。
北京空港に到着するやいなや、ゲートにいた人たちが次々と機内に流れ
込んできました。
額から血を流している人、日本の国旗に身を包んだ人、飛行機に乗り込
むなり声を上げて泣き出す人、泣き叫ぶ子どもを固く、とても固く抱き
かかえる若い母親……、みんなみんな戦火を逃れ、必死に逃げてきた方
たちでした。
中には「ありがとう、ありがとう。迎えてにきてくれてありがとう!」
と私の手を握ったまま放さない方もいました。
北京を離陸した途端、機内は「うわぁ〜〜〜」と安堵の声で埋め尽くさ
れ、やっと「もう大丈夫」と安心できたことで閉じ込めていた“恐怖の
蓋”が開いたのか、
「殺されるかと思った」
「必死で逃げてきたんです」
「日本領事館の人から“コレ(日本の国旗)”渡されて、助かりました!」
「自分たちは日本人だ!攻撃しないで!と大声で叫んできました」
などなど、まるで「恐怖を和らげるには、言葉を吐くことが最善である」
と、誰かから教わったかのごとく、みんながいっせいに話し始めました。
その後は、みなさん落ち着きを取り戻し、お食事後はほとんどの方が、ぐ
っすりお休みになっていました。
ただ、怪我をしている人がいたので、ギャレーで手当をしたり、痛み止め
を持っていったり……。
座る間もなく、ずっとお客さまのケアをしていたと記憶しています。
羽田にランディングしたときは、機内は拍手で包まれ、ボーディングブリ
ッジにはメディアのカメラが何十台も待ち構え、フラッシュの嵐にビビっ
たことは覚えているのですが、どんな反省会をし、どんな気持ちで自宅に
戻ったのか…まったく記憶にないのです。
ただ一つだけ鮮明に覚えているのが、そのときに先輩から言われた言葉で
す。「国際線のCAというのは、世界の歴史的瞬間に立ち会う事がある職業
です。それに見合うだけの人物になるべく、自分を高めなさい」と。
確かにその後は、ソ連崩壊、ゴルバチョフ失脚、湾岸戦争などなど……い
ろいろとありました。この辺の裏話は、またの機会にお話しますね。
では、最後に。
劉暁波氏を偲び、彼が2009年に書き、2010年のノーベル平和賞の授賞式
で読み上げられた、文章を紹介します。
私には敵はいないし、恨みもない。私を監視する人も、取り調べる警察官
も、起訴する検察官も、判決を言い渡す裁判官も、皆、私の敵ではない。
私は彼らの仕事と人格を尊重する。恨みは個人の知恵や良識をむしばみ、
社会の寛容性や人間性を壊し、1つの国家が自由で民主的なものへと向か
うことを阻む。
私は望んでいる。私の国が表現の自由のある場所となり、異なる価値観や
信仰、政治的な考え方が共存できるようになることを。私は望んでいる。
私が、中国で、文章を理由に刑務所に入る最後の被害者となることを、そ
して、今後、言論を理由に罪とされる人がいなくなることを。




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